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2018年3月1日木曜日

さよなら田中さん



一気に読んだ。
本当に面白かった。
面白いのが正義だと思う。
このままがんばってほしい。中学生。

2014年6月26日木曜日

ハイスコアガール。


押切蓮介の「ハイスコアガール」が「弱虫ペダル」以来にハマりました。(まんがにハマる頻度高いので、そう珍しいことはないのですが)
絵がとっつき悪いし、1巻の途中までは「どういう路線…?」と疑いながら読むのでかったるいかもしれませんが、1巻ラストの号泣からはイッキでした。題材はゲームなんですが、ゲーム知らなくても楽しいです。知ってたらもっと楽しいです。私もセガサターンらへんからはついていけました。しかしマニアックすぎるので、あんまり理解できません。
信じられませんが、恋愛漫画でした。しかも最近少女漫画でもなかなかない良質のやつで、久しぶりにおばちゃん胸が高鳴りました。
主人公がまっとうでイケメンで男子も思わず応援したくなるやつです。女子は歯がゆいくらい純情です。この子も真面目で非常にえらい。


今年9月に6巻出るみたいです。楽しみです。

2013年11月15日金曜日

ストレッチメソッド。

なんとなんと、雨の日にコンバースで歩いていたら、グレーチング(道路にある排水溝の蓋で、添付写真の様な鉄で出来ていて網状になっている物の正式な名前)で、見事にすってんころりんと転んでしまいました。恥ずかしかったーーーーー! 年を取って転ぶと、後からいろんなところに支障が出ると聞いていたので、どきどきしながら日々を過ごしていますが、右ひじが青あざになったのと、尾てい骨が少々痛むことを除けば他には症状が出ず、よかった一安心。むしろ秋以降ずーっと続いていた左上腕のしびれがなくなってよかったくらい。打って何らかのバランスがとれたのか?と思っていたら、2,3日したら結局また痺れてきてどうしようもない。 神経痛とか手足のしびれにと書いてある市販薬を買ってきて飲むけど、緩和されない。ちょうど主人が健康診断だったので、問診で尋ねてくれた。主人もときどきそういう症状が出るので。そしたら主人の見立て通り、肩こりがひどくなって出る症状だそうで、保険医さんがおっしゃるには「自分もあったけど、ストレッチが効いた。それからそんなにひどくなることはない」ということだったそう。 主人も健康診断前に、体の状態を上げとかなと毎晩運動していたら、年中偏頭痛なのが、ちょっとマシになったと言ってました。血行がけっこうよくなったんですな。うーん、薬ではどもならんねんなー。体動かすしかないのか。でもネコおるし、運動してたら真剣に邪魔しにくるねんなー。あれがなければなー、と言い訳していても私の腕は痺れっぱなし。自分でほぐしてもその場限り。 よし!ストレッチする! ということで、近所の本屋で物色。まず形から入る。写真も見やすく、説明も微に入り細に入りなのがよかったこれを買いました。「5つのコツで もっと伸びる カラダが変わる ストレッチ・メソッド」。とりあえず1ページ目から全部やってみた。 ストレッチは、高校時代にジャズダンスやってたときに教えてもらったので、なんとなく知ってたんですが、しっかり効用あるように動かしたかったので、この本はどんぴしゃりでした。感動したのは「胸部のストレッチ」。いろんな方向に伸びる筋肉なので、上中下の3方向に伸ばすやり方。おお、確かにそこが伸びる! 肩だけでなく、腕や胸部も伸ばした結果、やった次の日くらいまでは痛くないことがわかりました。2日目は持ちません。少なくとも2日に1回は続けたいと思います(基本的に逃げ腰)。

2013年7月3日水曜日

母がしんどい。



毒親系の本はつい読んでしまう。実の母娘関係についての本は、特に最近よく出ているように思うので、興味深いです。長女が読んでたので「お母さん、こんなふうにならないようにしないといけないな」と言うと、「全然違うよ!安心して」と言われました。よかった、よかった。

2012年5月25日金曜日

よしながふみ「きのう何食べた?」6巻。

よしながふみさんの「きのう何食べた?」の6巻が出てました。 茶色い弁当を指摘されて動揺する筧氏がかわいすぎる。それを「シロさんはシロさんのままでいいから」というケンジのゆるーい愛。カップルというか、夫婦なんですよね…。
今回もそそるレシピがたくさんありました。野菜高騰の折りにも、なぜか安値で出るチンゲンサイのレシピあり、大豆缶、コーン缶、ひじきなど値段が安定して安い食材を使ったレシピあり。つくづく、毎日ごはん作ってる人なんだわ、と思います(よしながさんが?シロさんが?)。
今日、ひじきのトマト煮を作りました。ひじきはお弁当や常備菜でよく作るんですが、いつも甘辛く煮た定番のやつなんで、目先が違ってて、それでも煮物(常備菜)っていうのに惹かれて作りました。あっさりピリ辛でとてもおいしかったです。メインに、これまたサバの味噌煮でした。サバミソの回の佳代子さん、秀逸。楽しい主婦!光ってる!「さばの身にばってんの切れ目を入れるのも省略ね!」っていうのに共感。そうそう、それ入れるだけに包丁とまな板をまた洗わないといけないのがめんどくさくて、一気にやる気失いますもん。
「きのう何食べた?」を読むと、日々のごはんを作るテンションが高まって、数日間は、ごはん作るのが楽しいです。新しいレシピを作る楽しさもあるけれど、シロさんの、ごはんを作るのが大好きってわけじゃないし、実はめんどくさいし、誰か自分くらいやってくれたら、本当はやってほしいんだけど、食べないといけないし、太りたくないし、健康に食べたいけど安くあげたいし、自分がやるのが最も効率がよいので、毎日仕方なく作るという姿勢に「ああ〜、私と一緒」と思えるからだと思います。
「うまーーーい!」と、安くあげたった!の達成感を両立させたいシロさん。私のアイドルです。

2012年2月12日日曜日

雲田はるこ「昭和元禄落語心中」。

雲田はるこさんの「昭和元禄落語心中」を読みました。このマンガがすごい!の帯がついてるやつは、ついついチェックしてしまいます。 表紙がよくて、帯の紹介がよくて、つい買ったものの2週間ほど放置していましたが、昨日読み始めたら一気でした。2巻が出ててよかったよ。筆者はお若い方なのだろうに、上手な方です。緊迫した人間関係がいい。師匠が色っぽくてどきどきしました。枯れたおじいちゃんなんですけどね。 雲田はるこさん、お名前聞いたことあったなーと思ってたら、BLも書いてらっしゃいました。そちらは未読なので、また楽しみが増えました。
一緒に買った「花のズボラ飯」は、原作が久住昌之というところが、有象無象の食べ物漫画と一線を画していると思います。大学生のときに、漫画好きなら通らんといかんと、読んだガロ系漫画がどれもこれも受け付けなくて、唯一、泉昌之だけは楽しく読めたんですよね。なので、花のズボラ飯も、内容を求めてはいけなくて、ただただ花ちゃんがとりあえず楽しげに毎日を過ごしているところを見せていただく感じ。花ちゃんのセリフは、どれもこれもとても20代のお嬢さんが言うことじゃないとは思いました。せめて40代なら納得。しかしそれでは絵が汚いだろうしな…。息子2人がはまってました。「今夜はステキにステーキナイト!」が大好きなようです。
くいしんぼさんの昔のレシピの基本クッキーに、えっちゃんからもらったコンポートジャムをのせて。ジャムをお菓子にしたくてずっと考えていたのですが、ジャムの良さを活かしたお菓子ってこれくらいしか思い付かなかった。でも思っていた通りの味になって満足です。素朴〜なお菓子。

2012年1月16日月曜日

つよいこども。

榎田尤利の「夏の塩」「夏の子供」読む。
ボーイズラブカテゴリなのが惜しいくらいに良い本でありました。
自分がなりたいと漠然と思っていたあこがれの人を、本の中に見つけました。 つよいこどもになりたい、つよいこどもになりなおして、つよい大人になっていきたかったのだけど、もうすでに大人になってしまったので、あこがれは現在進行形ではなく、こういう人であったならなあという半分あきらめの入ったものなのですが、主人公の魚住くんに強い憧憬を抱きました。
世の中の基準の、子どもにふりかかる不幸ランキングで、かなり下位になったと思われる「親の離婚」ですが、私を形成するのに、それが及ぼした影響というのはやはり大きいと思っています(両親のいる家の子どもとしての自分がいないので比べようがないのですが)。 世間一般の認識として、その不幸は乗り越えるべきものであり、囚われるものであってはならず、あなたが大切な子どもであることは間違いがないので、そのことを何かできない言い訳にするのは、まったくもって弱い印であると思われているように思います。世間の認識のみならず、当事者の子どももそう思っています。
会社時代、当時の上司に、トチ狂って言い訳をしていたら「おまえ、いつまで親の離婚を(できない)言い訳にしてるねん」と言われたとき、自分でもびっくりするくらい傷ついたのを覚えています。 主人にそのことを話したとき(傷ついたんだよ、という話し方ではなく、そういうふうに言われたんだよ、当たり前だよね…といった感じだったと思います)、「いつまでって、大きなお世話やんな。終わりは自分で決めていいし、終わらせる必要もないと思うよ。そのことを自分の中に持っていてもいいと思う」と言ってくれたのが、非常にありがたかったのです。
誰に頼まれてもいないのに、私は「かすがい」になれなかったと自分を責めていたのです。私がもっと可愛かったら、私がもっとできる子どもだったら、私が綱になって母親を引き止められたかもしれなかった。そういう感情は、離婚した家庭の子どもは必ず思うことなんだと本で読んだり、いちばん大きなことは、自分が親の側になって、離婚はあくまで親の都合であり、子どもはまったく関係ない、むしろ被害者と実感できて、憑き物が落ちていったように思います。長女を生んだ後は、こんなに愛おしい子どもを置いていったのはなぜなんだろう、親自身と私自身の価値において「負けた」ということがつらく苦しくてよく泣きました。しかし長男、次男を生むに従い、その天秤自体が意味のないことだと思えてきて、親が若かったことや、家庭環境を考えて、勢い仕方なかったんだなというところまで来ました。
よわいこどもでいることがイヤで、つよくなろう、つよくあろうとしていた、そのことこそが、どうしようもなく弱いことである象徴なのだと、今は思います。 魚住も最初はよわいのだと思えました。でもよわい自分から逃げない。つよくなろうとも思っていない。ただ大切なものを大事にするためにはどうしたらいいかを考えている。そうやって、しぜんと強くなっていくのです。
つらいことがあっても笑っているとか、人前ではぜったいに泣かないということは、プロセスだからあってもいいと思います。でもそれは、やってるうちに暗示にかかるようなもので、本来の強さではない。大切なものができれば強くなる。愛されたいと思うより、愛したいと思うことが、強さへの一歩なのだと思います。
良質なボーイズラブには「求めてばかり、嘆いてばかり、少ない、守られる」側から、多くを与える側への変換をテーマにしたものがあり、またそういうマンガや小説が読者の指示も高いことを考えると、男と男というのが必要なのではなく、自分を想起させない性を主人公にして、自分の再生、育て直し、娘から女への変化を受け入れるということを求めているのだと思います。そういうの、BL論なんかでは定番に語られているのでしょうねえ。社会人枠で受け入れてくれるジェンダー論なんかを学びに行けば、さくっとまとめてくれていそうな気がしますが、私はあまり論として打たず、なんとなくのぼんやりテーマで、自分のなかにずっと抱えていたいと思っています。