2012年1月20日金曜日

トモダチコレクション。

クリスマスプレゼントに、子供がほしがったゲームソフトが全部3DS用だったので、DSLiteが2つ開きました。開いたとはいえ、アドバンスのソフトで遊ぼうと思ったら、3DSにはさすところがないので、また必要になるのだけど、とりあえず今は使われずにしまってあります。
やった。私のやりたかったソフトで遊ばせてもらおうじゃないですか。と、中古の「トモダチコレクション」を買ってきました。気になってはいたものの、面白いのかなーと半信半疑でしたが、しっかりハマりました。住民はネットで上手に作ってはるMiiを探して、コードをWiiの似顔絵広場で呼び出して、DSと通信して落とす、という技で100人達成して育ててます。有名人ばっかりになってます。おすぎとピーコは「くさった牛乳」などの「ちょっと…」というようなものをあげて、反応を見るのに使ってます。
家族のMiiは、主人がWiiで作ってくれたのがよく似ていたのでそれを落としましたが、自分の分身くらいは私がいちから作ろうと思ったのですが、すでにあるパーツの中から選んで作るだけなのに、似せるのが非常に難しい。似顔絵って、才能必要ですよね。こねくり回して作っても、翌日見たらナンなのってくらいに似ていなくて悔しい思いをします。Miiを作るのは主人がとても上手で、よけいに悔しい。
そんな私の指南書として「トモダチコレクション おもしろそっくり!Miiつく〜るブック」を購入しました。写真を見て作るのがいちばんいいらしい。携帯で自分を撮って作ったのが上記のこれ。よく似てますが、遠目で見るとすんごい地味顔で、ゲームをするたびに悲しくなります。

2012年1月19日木曜日

古い友人知人。

お正月の年賀状の効能かどうか。1月に入って、昔の友人知人と話す機会がありました。お正月には、大学時代の友人から電話があり、みんながFacebookに入っているので、君もきたまえとお誘いをいただきました。Twitterでも流れについていけずにヘドモドしているのにFacebookだとう。しかしあれ、実名で登録するんですよね。「気になるようやったら、一文字変えるとか、工夫すればいいからさ」と言われて、うーんそうか、みんないるのか…と、登録して見に行ってみたら、みんな思いっきり実名&顔写真やないですか。いやいやいや。この中で偽名って、かえって恥ずかしい。ごめんなさい、また出直します…と、いったん登録したものの削除してしまいました。 うーんとね。なんか違うんですよね。1997年にインターネット始めて以来、ずっと匿名で来たのです。で、匿名なので返って真実を吐露していたのです。ところが実名でやり取りするのに、ほんとのことは書かないって感じがしているのです。上っ面だけ撫でて。でもそこでついぽろっと本音出す人を待ってる感じというかね。
意識の変換がどうにもうまくいかないというか、実名でそんな表舞台に躍り出るよりも、こそっと薄暗い影でつぶやいてるほうが性に合うというか。実名!出身大学!勤務会社!というところに「大した大学やないけど…」と登録しはる方々に、気後れを感じるのです。コンプレックスあるから気後れすんだろな。いやしかし、私が東大出身の役人やったら、嬉々として登録したやろか。うーん、なんかそれも違う…ていうか、想像を超えている。
一生懸命説明してくれて、誘ってくれたEくん、ありがとね。
いつか、もしかしたら、登録するかもしれない。いいね!ボタン押してみたいし(スマホの画面をスクロールするのと同じように、一度やってみたいことのひとつ)。

先日は突然、会社時代の上司からメールが来ました。 もう15年以上たつんですが、変わっておられず、なんとも懐かしく思い出しました。遠い土地でがんばっておられるので、いつまでも応援しています!

そして昨日は、京都のヨドバシカメラで、旧友とそのご主人にばったりお会いしました。一瞬あれ?この人知ってるっけ?と逡巡した瞬間に向こうから「…ikuyoちゃん?」と言われて、ああやっぱり!旧友に会うって、なんでこんなに嬉しいんでしょうね。元気でやってるんだなあとか、私とのつながりは途中とぎれていたけど、お互い生きていたんだなあというか。うーん、うまく言えないけど、みんながんばって生きてるってことです。
来週は、会社時代の上司のお家に遊びに行く予定です。かわいい子供さんを見に行くのだ。

クリスマスに合わせて、アメリカに住む友人から届いたコンポート。冬のコンポートというブランディ漬け。梨、モモ、アプリコット、チェリーがごろごろ入ってて、スパイシーでおいしいのです。ときどきニューヨークスイーツを作る私に、アメリカのホリデーの味を…と送ってくれました。もう、粋でしょー。アメリカーンだわー。

2012年1月18日水曜日

服を着る。

「大人になったら、着たい服」に出てくる方々と、私の決定的な違いがわかってしまった…!センスとか、欲しいものを買える財力とかじゃなくて、雰囲気のある服を着てもいいステータスなのでした。壷作家だとか、ショップ経営の方は、見た目が変わっていてもいい。いや変わっている方がいい。ひねりのきいた服装も、仕事をやりやすくするために必要だろう。
いいなと思ったものを、そのまますぐに着てはダメなのだ。スタイルブックにのっている服のなかに、自分の顔を入れて、自分の家の門扉の前に立たせてみる。おかしければ着てはいけない。私は埋没しなければならない。主婦の、母の、奥さんの、地域のなかに。誰かに言われておとなしくしているのではなく、主張する必要を感じていないからなのだ。主婦としての私の「場」に、浮き立つ服装はまったく必要ない。ありすぎるのと同様、なさすぎるのも目立つので、ちょうどいいラインを必死に探さなければならない。何を着てもいい自由より、主婦の、母の、奥さんの、その地域にふさわしい、なおかつ私がよく映える服装をしたい。それは私なりのコミュニケーションだと思う。どう見られたいか。どう見せたいか。若いときよりも、ディスコミュニケーションが少ないように思う。それは、つまり私が私をしっかりコントロールできているという証なのだ。
たかが服という人とは、この話は共有できないだろうと思う。

「そういやネコって箱が好きなはず」と、段ボールをリビングに放置した。トラコがふぎゃーんと飛び込んで、耳と目だけ出して見た目可愛く遊ぶかと思いきや、外側をさんざん引っ掻いた後、ケージに戻って監視していた。ぜんぜん可愛くない上に、ゴミになるのかとがっかりして片付けようとしたら、慧志が目をキラキラさせて「いらんねやったら、ボクもらっていい?」。そして自分の部屋へ持っていき、次に兄ちゃんに手をひかれ(階段を下りられないらしい)すっぽりかぶって現れた。お腹に「ロボット」って書いてあります。両サイドには握りこぶしが書いてあり、背中には一直線に細く切った段ボールが貼付けてある。「なに、この背中の」「ジェット!」。ジェットってなんやねん。クオリティ低〜。

2012年1月17日火曜日

ブラック。

コーヒーがブラックで飲めるようになりました。今まではミルクを入れないとダメだったのですが、お菓子と一緒に飲むときに限り、ブラックのほうがいいです。砂糖を摂取するときは、ミルク分が多すぎると気持ちが悪くなるようになりました。
揚げ物もちょっと苦手になってきてます。
胃腸から年寄りに。

冷凍してあったあんこで、久しぶりにあんぱん。ゆるいあんこがぎっしり詰まらせることができるのも、自家製ならでは。

2012年1月16日月曜日

つよいこども。

榎田尤利の「夏の塩」「夏の子供」読む。
ボーイズラブカテゴリなのが惜しいくらいに良い本でありました。
自分がなりたいと漠然と思っていたあこがれの人を、本の中に見つけました。 つよいこどもになりたい、つよいこどもになりなおして、つよい大人になっていきたかったのだけど、もうすでに大人になってしまったので、あこがれは現在進行形ではなく、こういう人であったならなあという半分あきらめの入ったものなのですが、主人公の魚住くんに強い憧憬を抱きました。
世の中の基準の、子どもにふりかかる不幸ランキングで、かなり下位になったと思われる「親の離婚」ですが、私を形成するのに、それが及ぼした影響というのはやはり大きいと思っています(両親のいる家の子どもとしての自分がいないので比べようがないのですが)。 世間一般の認識として、その不幸は乗り越えるべきものであり、囚われるものであってはならず、あなたが大切な子どもであることは間違いがないので、そのことを何かできない言い訳にするのは、まったくもって弱い印であると思われているように思います。世間の認識のみならず、当事者の子どももそう思っています。
会社時代、当時の上司に、トチ狂って言い訳をしていたら「おまえ、いつまで親の離婚を(できない)言い訳にしてるねん」と言われたとき、自分でもびっくりするくらい傷ついたのを覚えています。 主人にそのことを話したとき(傷ついたんだよ、という話し方ではなく、そういうふうに言われたんだよ、当たり前だよね…といった感じだったと思います)、「いつまでって、大きなお世話やんな。終わりは自分で決めていいし、終わらせる必要もないと思うよ。そのことを自分の中に持っていてもいいと思う」と言ってくれたのが、非常にありがたかったのです。
誰に頼まれてもいないのに、私は「かすがい」になれなかったと自分を責めていたのです。私がもっと可愛かったら、私がもっとできる子どもだったら、私が綱になって母親を引き止められたかもしれなかった。そういう感情は、離婚した家庭の子どもは必ず思うことなんだと本で読んだり、いちばん大きなことは、自分が親の側になって、離婚はあくまで親の都合であり、子どもはまったく関係ない、むしろ被害者と実感できて、憑き物が落ちていったように思います。長女を生んだ後は、こんなに愛おしい子どもを置いていったのはなぜなんだろう、親自身と私自身の価値において「負けた」ということがつらく苦しくてよく泣きました。しかし長男、次男を生むに従い、その天秤自体が意味のないことだと思えてきて、親が若かったことや、家庭環境を考えて、勢い仕方なかったんだなというところまで来ました。
よわいこどもでいることがイヤで、つよくなろう、つよくあろうとしていた、そのことこそが、どうしようもなく弱いことである象徴なのだと、今は思います。 魚住も最初はよわいのだと思えました。でもよわい自分から逃げない。つよくなろうとも思っていない。ただ大切なものを大事にするためにはどうしたらいいかを考えている。そうやって、しぜんと強くなっていくのです。
つらいことがあっても笑っているとか、人前ではぜったいに泣かないということは、プロセスだからあってもいいと思います。でもそれは、やってるうちに暗示にかかるようなもので、本来の強さではない。大切なものができれば強くなる。愛されたいと思うより、愛したいと思うことが、強さへの一歩なのだと思います。
良質なボーイズラブには「求めてばかり、嘆いてばかり、少ない、守られる」側から、多くを与える側への変換をテーマにしたものがあり、またそういうマンガや小説が読者の指示も高いことを考えると、男と男というのが必要なのではなく、自分を想起させない性を主人公にして、自分の再生、育て直し、娘から女への変化を受け入れるということを求めているのだと思います。そういうの、BL論なんかでは定番に語られているのでしょうねえ。社会人枠で受け入れてくれるジェンダー論なんかを学びに行けば、さくっとまとめてくれていそうな気がしますが、私はあまり論として打たず、なんとなくのぼんやりテーマで、自分のなかにずっと抱えていたいと思っています。

2012年1月2日月曜日

ヨウコ、13歳。

12月24日には、恒例の庸子の誕生会&クリスマス会をすることができました。今年は塾の冬期講習と、クラブがみっちり詰まっていて、空いていたのが24日の昼のみ。これ、聡太郎が中学生になって、クラブが違ったら空いてる日程がなくなるのではないだろうか…。
いずれできなくなるとしても、ま、今年は滞りなく。やる気を奮い立たせて、ケーキと料理を作りましたが、ケーキのクオリティは年々下がっていくような気がします。デコレーションがなあ…。味はよくなっていってると思うのですが。生クリームは、乳脂肪分35%がいちばん扱いやすく、くどすぎないように思います。スーパーでもこの時期だけ、タカナシの生クリームが買えるようになったので、前もって通販する必要もなくなりました。料理はレンコンハンバーグの煮込みと、ホタテのカルパッチョサラダ。買ってきたバゲットと、持ってきてくれたケンタッキーのフライドチキンでした。
プレゼントは、3DSのソフト「イナズマイレブンダーク」が聡太郎に、「イナズマイレブンシャイン」が庸子。「マリオ3Dランド」が慧志でした。最初に欲しいもののリクエストを聞いたところ、このソフト名が上がったので「ハイハイ」と聞いて予約購入までしていたのに、テレビコマーシャルがさかんにかかるようになった12月中旬になってやっと気付いたんです。「あれ…?これって3DSなんじゃないの?」「そうですよー」「えっ、えっ、ちょっと待って。慧志は3DS持ってるけど、庸子と聡太郎はDSやんか」「そうですよー」「そうですよって、どうすんの?お正月の間、順番に並んで慧志の3DS空くのを待つわけ?」「それしかないやろなあって言ってるんやけど、どうするかなあ」。
さすがに子供たちとしても、知ってはいたけど、ハードまでお願いする勇気がなかったようです。安くなったとはいえ、高いもんねえ。 しかしながら、普段は塾とクラブと宿題でまったく時間がなく、まとまって遊べるお休みの期間を、ほぼ並んで待つというのも…ううむ。考えた末、本体も一緒にプレゼントすることにしたのでした。高い買い物でした。ホント。
ちなみに主人へのプレゼントも、3DSでした。なぜ。

2012年1月1日日曜日

あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。
1ヶ月に1回、更新できるかできないかのホームページを見に来て下さりありがとうございます。今年度の更新頻度も、昨年同様か、もしかしたらそれ以下に落ちそうなのですが、できるかぎりがんばります。どうぞよろしくお願いいたします。
年末は、ヨウコの部活と塾の冬期講習で、年末モードに切り替わったのは、12月29日。この日に年賀状の写真を撮りに行き、えいやで仕上げてその日の夕方に投函しました。写真は、今年の年賀状に使ったものです。思春期を迎えた庸子が一緒に撮ってくれるかどうかわからなかったのですが、今年も無事一緒に納まってくれました。いつも撮りに行く近所の公園が、お正月休みに入って門が閉まっていました。うわ、どうする。しかしめげない。門の前で撮りました…。いいのよ、3人一緒ってのが大事なんだから、背景はどうでも…。毎年思いますが、慧志がいい感じに写ってくれるので助かります。彼がいることで、なんというか、アクティブな写真になってるような気がします。
大掃除は今年はかなり省略しちゃいました。窓拭きとカーテンを洗ったぐらい。キッチンは11月末にしたし、お風呂は12月はじめにやったので、もういいかと。 しかしおせちはしっかり作りました。30日までは本当に「もうできない」と思っていたのですが、材料を買いに行くとモードが切り替わって作れました。30日の夜から黒豆を水に漬け始め…31日の朝からはじめたら、何とか用意ができて「笑ってはいけない24時」が見れました。毎年、紅白を見るのが通例のようになっていましたが、もうなんというか、知らない人ばかりで苦痛でね。普段私が撮りだめしてるお笑いを見ている聡太郎が、当然のようにガキ使いにチャンネルを合わせて…紅白のときはとても起きていられなかった子供たちが、笑いながら起きていました。あの番組を子供に見せてええもんかどうかわかりませんが…まあお正月だしいいか。小さい慧志は、眠たくなってしまい10時くらいに寝て、庸子と聡太郎は「あけましておめでとう」を言ってから寝ました。
おせちも今年は2日目までにほとんどが食べ尽くされ、子供が食べるようになった!と思いました。かずのこは嫌いみたいなんですが、くわいは子供対策で、揚げ煮にしたり、ごまめも冷蔵庫に残っていたクルミとカシューナッツと一緒にあめがけにしたので、箸が進んだようです。 今年は黒豆が大成功で嬉しかったです。はじめてしわの寄らないふっくらした黒豆ができました。 本当にしわのない光った豆は美しいです。縁起がよいわい。